glory afternoon

FSSの小説
2998/ブルーノ、レーダー8/10巻冒頭、クリスティンの事件の後。


 
 
 

 
 
 バーバリュース・ビィの葬儀は家族のみでひっそりと執り行われた。
 気丈に振る舞うクリスティンの心中を代弁するかのような冷たい小雨が、ずっとずっと降り続いている。通い慣れたその屋敷を、ブルーノは近くの塔の屋根に上がり一人で眺めていた。本来だったら城で大々的な軍葬となってもいいはずの人物を失ったというのに、ブルーノだけではなく騎士団や城の誰一人として参列はしなかった、できなかった。今はとにかく静かにしていなければいけない。雨を吸い込んで芯まで冷えた髪が重かった。
 喪服の人々に抱えられた棺と小さな背中が墓地へと去るのを見送って大分経ってから、ようやくブルーノはその場所を後にした。
 
 
 それからしばらくした小春日和の日。レーダー八世は私服で極力目立たないように城を抜け出してきた。そこそこ落ち着きを取り戻しつつある城内の隙をついて、ようやくバーバリュースの墓参りに行くのだ。同じく目立たない格好をさせたブルーノを引き連れていた。
「お供がわたしだけでは…」
「かまわんさ、皇帝騎士ひとりおれば充分じゃ」
 ビィ家の墓地は屋敷の裏手の森にある。八世はビィ家の人間に気を使わせたくないと、屋敷からは見えない位置にある林道の入り口に車を回すよう指示した。普段ほとんど人が立ち入っていないであろう荒れた小道をしばらく歩くと、少し開けた小さい丘にビィ家の墓石が並んでいた。その隅に遠慮がちに建てられたバーバリュースの墓石はたくさんの花や供物に囲まれて、葬儀の様子とは裏腹に賑やかだった。
「ふふん。見ろ、なんだかんだで結局人気者なんじゃよ、こやつは」
 ここに着くまで口数少ない八世だったが、墓石の縁を杖でつつきながらはじめて軽口を叩いた。
「おいおい、わしらの花を供える場所がないぞ…ええ?わしらなんぞ来なくてもかまわんとでも言うのか?」
 普段玉座で威厳を振りまいている人物がぶつくさ言いながら遠慮がちに花をかき分けている様子はやけにひょうきんで微笑ましかったが、ブルーノは口を開く気にはなれなかった。
 
 
 かなりの沈黙が流れてから、ブルーノは八世の個人的な場に立ち会っているのだと気付いた。こんな事は当然はじめてであった。皇帝として誰に会うわけでも、何を言うでもない、墓地でじっと死者に黙祷している姿はただの老人だった。警護要員だとしてもここまでのプライベートならばヒートサイや侍従の騎士を連れてくればよいものを、なぜ自分なのだろうか。ブルーノにはわからなかった。
 それと同時に、足の下に眠るバーバリュースに対する思いも、まったく整理しきれずにいた。バーバリュースの人生はあまりに運が悪かったとしか言いようがなかったし、
「まだ落ち着いて祈る事も難しかろう、おまえには」
 そうなのだ。
「……はい。お恥ずかしながら…このように未熟では、ビィ様も呆れているでしょうね」
 八世に心の中をまんまと見透かされて、御前だというのについ正直な事を言ってしまう。
「いいのだよ。よくやってくれた。バーバリュースは感謝しておるだろうよ」
 
 サイレンを駆るほどの騎士であれば当然人を斬った経験はいくらでもある。しかし介錯をするのははじめてだった。しかも師と同様に仰いできたバーバリュースを、何の心の準備もなく。
 カステポーから城へ急ぎ戻る道中、重苦しい空気に包まれながらも、ブルーノはバーバリュースもクリスティンも命まで取られる事はないだろうと、この事態は八世がすべてなんとかしてくれるはずだと、心底信じていたのだ。しかしバーバリュースに手渡された剣の重みは、その甘えた考えを半分否定した。そして、ショックで震えているはずの手が、混乱しているはずの頭が、その瞬間、それだけしか知らない機械のような冷静さで、一刀で精確に彼の延髄を断切ったという事。その自分自身の行いを、ブルーノはまだ受け止められずにいた。
 
「あの太刀筋を見て、お前をアルカナに上げた判断は間違っていなかったと確信したよ」
「お前は自分自身の冷静さに嫌気がさす事もあるだろうが…それは立派な才能だ。強さとはまた別の才能だ。純粋な強さよりも、それは時としてはるかに騎士団に必要なものなのだ」
 しばらくして、うつむいたままのブルーノがかすれた声を絞り出した。
「…しかし……」
「しかし、わたしは」
「それ以上は言うな、ブルーノよ」
「わしとてお前と同じ気持ちだったよ。しかしバーバリュースが…男が決めた事なのだから」
「…はい」
「いい天気だな。まだ昼前か」
「はい」
「うん、それではついでというのでもないが、ラルゴの墓にも参ろうか」
 
 
 自分はただの警護要員として連れてこられたのではなかった。
 八世はわたしのために、わたしを連れてきたのだ。ブルーノはその事に気付いてから更に無口になってしまった。
 前にもこんな事があった。今もう車を降りて足を踏み入れている土地は、ケンタウリ・レーダー王家の領地だ。その王子であり当時のノイエ・シルチス筆頭騎士であったラルゴをはじめ、自分の身以外のほとんどのものを損失し、ただ死ぬためだけに帰還した城で、こんな事があった。わからない、わからない。なぜ八世はいつもこんなに優しいのだろうか。
 
 さっきの言葉も今のブルーノには半分以上買い被りにしか聞こえなかった。実際ブルーノのアルカナ・ナイト登用には相当の反対意見があったと聞く。
 ミラージュと剣を交えたと言えば聞こえはいいが、実際は一方的にやられただけではないか、そもそも世間で噂されるミラージュの強さ自体が眉唾ものだ、とか、騎士としての実力が足りない、経験も足りない、八世は彼を甘やかしすぎではないか、とか。
 そんな事はブルーノ本人が一番強く思っていた。
 意識が飛ぶ前に一瞬垣間みたミラージュの力だけは、むしろ噂以上の恐ろしいものだったと反論できる。しかし他の事については自分でもいやというほど痛感しているのだ。つい先日まで自分の足元にじゃれついていたクリスティンが、もう自分より強い。
 そうだ、あの時八世はこう言った。ラルゴを超えよと。時間を重ねるほどに思う、そんなのは不可能だ。
 
 ふと、自分が思っていたより追い詰められている事に気付いて、ブルーノは愕然とした。
 ラルゴが、バーバリュースが生きていた時はただ彼らの背中を追っていればよかった。しかしもう二人ともいない。それどころか後進に追われるべき立場に上げられてしまっている。そしてその采配をした八世ももう退位を決めているのだ。みんないなくなってしまう、わたしをこんなところに置いて。
 
 前を歩いていた八世が立ち止まった。視線を上げると冷ややかな墓石があった。何年ぶりだろう。できるだけ近寄らないようにしていた、ラルゴの墓。
王家の人間に相応しく、瀟洒な柵に囲まれた大きな墓石はあるが、土の下には何もない。ラルゴの体はあのコーラスの白いMHに骨まで粉々にされてしまったのだから。一〇年前、ブルーノは不在のラルゴの肉体の変わりに自分の弱さをそこに埋めた。だからこの場所に来るのをずっと避けてきたのだ、うっかりそれを掘り返したりしないように。
 
 しばらくの黙祷のあと、八世がつぶやく。
「バーバリュースはともかく…ラルゴの事は未だに悔いているのだよ」
 ブルーノは自分もです、とは言えなかった。
 やはりあの時ラルゴと運命を共にしていればよかった、とは。重圧を感じる度に墓を掘り返して引きずり出したくなるその言葉が、しかし足元の土にずっと眠っている。なぜ?その言葉は殺されたからだ。誰に。目の前の八世に。
「ブルーノ」
「ラルゴの死んだ後も、アルカナになった今も、お前に色々言う声があるのに気付いてないわけではなかった」
「こっちも立場があって、あまり気を配ってやれなかったのは悪かったと思っとる…もうぼちぼち一〇年か。ラルゴが逝ってから一〇年、よく耐えてきてくれた」
「…陛下。ひとつ…聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「…なぜ、なぜいつも…わたしなどにそこまで優しくしてくださるのですか」
 わたしにはそれが辛い、と喉まで出かかった。城でならまだしも、よりによってここでそれを言わないでください、お願いですと。しかし八世はブルーノの悲痛なそれとは対局にあるような、くだけた表情になってこう言った。
「なに、そんなのはお前、かわいいからに決まっとる」
「はっ?」
「ははは…ほんとにお前は、まあ…そういうところがいかにもお前らしいが」
「わしだけじゃない…バーバリュースも、ラルゴも、皆そんなお前を好いておった」
「生真面目で一生懸命な、若いお前の成長が楽しみでな、将来どういう仕事を任そうかなどという話を、よく酒の肴にしたもんよ」
「そうそう、さっき褒めたお前の冷静さ…それに最初に気付いたのはラルゴだったぞ」
「…え」
「時々驚くぐらいの冷静さを見せる事があると。まだ生来の性格の域を出ていないが、重点的に育てればシルチスの強力な武器になると言っておった。あやつはほんとによくお前を見ていた」
「お前は良い師を持った。ラルゴも良い弟子を持った」
「…陛下」
「……わた、わたしは」
「よいよい、好きなだけ泣け。一〇年我慢してきたのだろう」
「お前はそれでいいのだ。お前自身がどう思おうともわしが、ダイ・グが、この国がお前を理解し、赦し、使いこなすであろう」
 
 ブルーノはあの日の冷たい髪がようやく乾きはじめるような気持ちになった。
 
 
 
 
 
 
 わしにしてやれる事はこのぐらいしかない。クリスティン、ブルーノ、黙って帰ってきてくれたケーニヒ、そしてダイ・グ、それから……みな変わってゆく、新しい世代に移ってゆくのだ。
 ブルーノはわかってくれただろうか、ラルゴを超えることはできると。それは真正面から向かってゆくような事ではなく、複雑に迂回する歴史の階段の上にあるという事を。
 それができる位置にすべての駒を配置したつもりだ。
 わしにしてやれる事はこのぐらいしかない。すべては変わってゆく、おそらく想像もつかないほどに変わってゆくのだ。後はそれぞれの力を信じるしかない。いずれそれは戦火の中で目に見えてくる事だろう。
 
 
 
 
 
 午後の日差しがだいぶ傾いて、地上部分の城壁を金色に照らしていた。
 同じ色の光が部屋の中にひとつ。
「マスター、お茶の時間ですわ」
 
「? なんじゃこのカップは」
「いつもお使いのはマスターが引っ越し先に送れとおっしゃいましたので、食堂のを借りて参りました」
「そうじゃったっけ…」
「そうもこうも、こんな空っぽの部屋で何をおっしゃいますの」
「それもそうじゃ」
「ようやく…明日からは、マスターもゆっくりできますね」
「うむ」
「クラトーマ」
「はい、なんでしょうマスター」
「次の主を探せ」
 
 
 
 
 
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