snowdome in closet

FSSの小説
29??/ラルゴ、ブルーノ/数字や位置関係は適当アンド捏造です
 

 
 
 
 
 
 
 
ブルーノは慣れない静寂にやや緊張して夜の雪の上を歩いていた。そのつま先に蹴られた雪は軽く粉のように散る。紫紺の空気は叩けば金属音がしそうな程冷たいが、不思議と寒くはなかった。数時間前に出発した帝都では、ここより気温が高かったにも関わらず寒いと感じていたのに。
 
フィルモアの帝都はカラミティの赤道と北極のだいたい中間、緯度45°あたりに位置している。今ブルーノがいる場所はそこから更に北上した大陸の端の山岳地帯で、標高700mほどの山の稜線上だ。
700m程度の標高でも、この高緯度の低温だと森林限界を超えているため高木は見当たらない。しぶとく生えている植物たちも今はほとんど雪に埋もれて隠れている。そのため視線を遮るものは何もなかった。無数の星が天の半球にぎっしりとばら撒かれていて、その光は一面の雪上に霧のように乱反射しており、月もない深夜だというのに驚く程明るい。時折山肌を駆け上がる突風があって、所々に雪煙を立てていた。
 
ブルーノは歩きながら、ここには宇宙と空の境界がないな、と感じていた。帝都の空の上にはぼんやりとした層がある。それは気温のせいか大気の汚れのせいか、とにかく薄っすらとした天井のようなものがある。しかし今いるここから宇宙との間には、なにもない。星の光があまりに直接的なのだ。瞬かずにまっすぐと降りてくる光。もしなにかの拍子で地面が跳ね返ったら、そのままコロっと宇宙空間に放り出されてしまいそうだ。そんな不思議な感覚を、前を歩く人も感じているだろうか。しかし口にするには子供じみている気がして聞く事はできなかった。
 
「そろそろだな」
ブルーノの少し先を歩いていた人が歩みを止めて時間と方角を確認した。
凍っている空気の中、変わらぬ静寂が拡がっていて、ブルーノにはこんな世界で何かが起きるとは思えなかった。みんな凍っているんだ、低温では皆運動をやめてゆくんだ、だからずっとこのままに決まってるよ。
ブルーノは立ち止まって一息ついた途端、そんな世界で自分が周囲とかけ離れた体温を持って、もくもくと水蒸気の息だけしているのが、やけに肩身狭くなった。今いるのは人が住むどころか樹木すら育つ事のできない生命の希薄な吹きさらし、ここでは自分は明らかに余所者なのだなと。その心細さを見透かしたように隣の人がブルーノの顔を覗き込んだ。青い闇の中、被った防寒のフードを縁取る毛皮の奥に、仄白い微笑みが浮かんでいる。
 
「寒いか?もう少し我慢しろ」
と言って一歩、その体側が寄り添ってきて、雪面に落ちる影をひとつにまとめた。
ブルーノは「大丈夫です」と言ったけれど、その人は天から無数の閃光が降ってくるまで、そのまま黙って動かずにいた。
 
 
 
 
 
大気を切り裂く甲高い音を立てていくつもの光の矢が降り注いでいる。空の上で誰かがライターの火をつけた、とブルーノが思った次の瞬間の事だった。
確かに雪明りは明るかったが、それとは桁が3つも4つも違う明るさが頭の真上で炸裂している。数千度の高熱が放つ光だ。さっきまでの静かな青い世界の奥行きは、一瞬でただ一枚の真っ黒い影になってしまっていた。
 
「んん?言ってた方角からだいぶズレてるな。誘導ミスったか?」
 
その人がそう呟いてからはおそらく15秒程度だったが、ブルーノにはその時間がとても長く感じられた。つんざくような摩擦音と、大量の異常な光。そしてなによりMH同士がぶつかった時よりもはるかに大きな衝撃波。空間が凄まじい轟音に満ち、山の斜面のそこかしこで雪崩が起きて白い煙が巻き起こっている。その衝撃の大きさに、住んでいる星の大気がどれほど濃い密度を持っているか、頭ではなく身体で直接思い知らされる。空気とは言うが本当はこんなに重く沈殿している巨大な固まりなのだ。だから強い衝撃に大きく揺れ、その波が今自分を飲み込んでいる。少し遅れて今度は地面を伝って来るほうの衝撃波が届いた。
ブルーノはそんな大きな現象を間近で体験するのは人生で初めてで、ただただ圧倒され、手を握りしめて固まっていた。シルチスに入って、実戦こそまだないものの、それなりに危険な任務はいくつか消化してきていた。しかしそのどれも、ここまでブルーノの心を揺り動かす事はなかった。どうして今日だけこんなにおかしいのだろう、凍った世界のせいか、隣にいる人と2人きりだからか。
頭上の光の強さはブルーノの視神経が処理できる量を遥かに超えており、思考も同様に溢れかえっていたのだろう、隣の人の身体にしがみついてしまっていると気づいたのは、天が元の星空を取り戻してからその人に指摘されてだった。
 
「もう全部落ちたよ」
「……あ、は、はい…」
「ははは、お前も驚いて人に抱きつくなんて事があるんだな」
「え、……あ!す、すみませ……し、失礼しました」
 
ブルーノはいつの間にか肩を抱かれていたのにも驚いたが、それに気づいたのも肩にあった手が離れてフード越しに雑に頭を撫でられたからだった。
暗い中で閃光を見つめてしまっていたため、網膜が焼き付いてその人の顔はよく見えない。しかし願望だろうか、ブルーノにはさっきと同じ優しい微笑みがそこにあると思えて仕方なかった。
 
 
「よし、サイレンのところに戻るぞ。ファティマ共が落下地点を割り出しているだろう」
「は、はい」
 
なにも遮るもののない空間の果てへ、大きな衝撃が拡散してゆく時の不思議な音がこだましていたが、それもやがて薄まって消えた。
視界は徐々に正常に戻って行ったが、ブルーノはさっきの失態が気まずくてなかなか平常心を取り戻せなかった。
シルチス騎士ともあろう者が、あの程度の事に驚いてあんな不躾な真似をしてしまうなんて、呆れられただろうか、所詮はまだ子供、と思われただろうか。しかしその人ははねのけるでもなく、放っておくでもなく、受け止めて支えてくれていた。その人はただの人ではないのだ、自分が騎士でなければ、間違いなく一生言葉を交わすことも、直接顔を見る事も叶わなかったであろう貴種の人だ。そんな人が、何故だろう。わからない。
 
 
防寒具を脱いでサイレンの操縦席に座り、聞き慣れたパラーシャの声とマシンのモーター音に包まれるとやっと落ち着いた。やっぱりここが一番いい、とブルーノは思う。コクピットの外は面倒臭い。よくわからない事ばかり起きるから。だけどここで起きる事ならば、俺は全部わかる。俺はずっとここに座っていたい。死ぬ時も、ここに座った状態で迎えられるなら、きっとなにもかもきちんと理解した状態で死ねるはずだから、そうなればいい、と。
 
(俺は、着るものなんてシルチスの制服だけあればいい、だからわからない事は全部ガラ空きのクローゼットに放り込んでおけばいい……)
 
 
 
「落下地点に向かう。シャズラブ、パラーシャに位置を送れ」
「マスター、落下地点来ました。エリア349の南西部を中心として約20km四方。マークします」
「了解、やっぱり大気圏外から落ちるとだいぶ拡散するな。隊長機を自動追尾しろ。哨戒忘れるなよ」
「イエスマスター、追尾開始します」
 
しばらく飛んだ先で、前方の赤いサイレンがヘッドライトの照度を最大にした。
眼下の山肌が抉られたように崩れ、その傷の中心から黒い煙が立ち上っている。シャズラブが周辺に生体反応がない事を告げてきた。前の機体に合わせてブルーノも速度を落とし、自動運転を解除した。
 
「平地に落としてくれればいいものを、また面倒臭いところにぶちまけてくれたな。これじゃ今全容を把握するのは無理だ。大まかなアウトラインだけ取って、後はサンプルをいくつか回収して帰るか。ブルーノ、マッピングをそっちで頼む。だいたいでかまわんぞ。大きいやつのところにはトラポン落としといてくれ」
「了解しました」
 
燃え尽きた火花の正体が複雑な地形のあちこちに散らばって煙を燻らせていた。後で回収して分析するために今から位置を記録するのだが、こう暗くては目ではどうにもできない。パラーシャがメインモニタを赤外線モードに切り替える。
 
「マスター、気温が低いため目標物の温度が急速に低下しています」
「いかんな、急ごう。さっきシャズラブから来たエリアの中をジグザグに飛ぶから、お前は位置データを取れ。あと速度に追いつく分だけで構わんから一緒に温度も記録しろ。終わってから温度に補正かけて降順でソート、上位20ヶ所にトランスポンダーをセットする」
「イエスマスター、了解しました。スキャン開始します」
 
 
1時間ほどで2機は地味な仕事を終えて合流し、中継地点の駐屯地に帰還した。
大陸では最北に位置する小さい基地で、部隊も最小限しか配置されておらず、普段はヒマなのであろう、深夜にも関わらず基地内は珍しい非常事態とシルチス騎士の来訪に落ち着かない様子で、早速司令官が駆け寄ってきた。
 
「殿下、いかがでしたか」
「こんな時間だ、話は明日でよかろう。上の連中もまだ戻ってないだろ?え?中身?わからん。20km四方に散らばった上燃え尽きて真っ黒けだもの。やっぱり落とすんじゃなくサイレンで直接回収しに行きゃよかったと思っとるよ。わかったわかった、後何か聞きたい事があるならこいつに聞いてくれ」
と、『殿下』はシャズラブに面倒を押し付けてブルーノを連れさっさと自分のドーリーに引っ込んでしまった。騎士ではない司令達はファティマ、それも珍しい少年型のシャズラブにどう接したものかわからず、結局引き下がるしかなかった。
 
 
 
 
ドーリー内のラウンジには簡単な夜食が用意されて湯気を立てていた。
ブルーノは勧められるままに腰を下ろす。目の前の人が、仕事を終えて上着の襟元を緩め、ほんの少し気の抜けたような表情を見せるのが何とはなく嬉しかった。パンをちぎりながら自然と先程の任務の話になる。
「ラルゴ様は実際どうご覧になりましたか」
「分析結果を見ないとなんとも言えんが、とにかく人工的な何かを故意に落としてきたのは間違いない。うむ……すごくバカみたいなんだが、隕石に偽装した恒星間ミサイル、てのが一番可能性高いのかもなあ」
「な、なんですか、それ」
「こっちが聞きたいよ。でも、いつの世にもバカみたいな兵器作る奴っているんだよな…」
「色々突っ込みたい部分が山のようにありますけど……それってコスト高すぎませんか」
「まあ、金使いきれなくて困ってる連中ってのもこの宇宙にはそれなりにいるしなあ」
「そういうもんですか……」
「そういうもんさ。それにもしかしたら……」
「……」
「……いや、考えすぎだな。なんでもない。まあとにかく今の我々にとっちゃ有難い攻撃ではある」
「そうなんですか?」
「あんなもんにビビって我々をクソ寒い山に引っ張り出したのは議会の連中だぞ。追加予算確保の材料として利用しない手はなかろう。新規の防空システムを組むとかなんとか言って取れるだけ取ってやる」
「はあ……」
「それに」
「?」
「お前と2人で綺麗な流れ星を眺める事ができた」
 
口調は冗談、しかしその笑顔はさっきの青い闇の中での微笑みと同じで、ブルーノは一体どう受け取ったものか混乱して取り落としそうになってしまう。ほら見ろ、コクピットを降りた途端こうなってしまうんだ、俺ってやつは。
 
「さ、先程はつい、我を忘れて無礼な振る舞いをして…しまったと、反省しています、だから、からかわないでください……」
「からかってなぞいない。見た事なかっただろう?宇宙から何かが降ってくるところなんて」
 
ブルーノがきょとんとしていると、その人はひょいと時計に目をやり、
「明日……というかもう今日だが、朝一で回収隊に指示を出さなきゃいかん。少し休んでおきなさい」
と、明朝の集合時間を指示して席を立った。ブルーノはおやすみなさいませ、と挨拶して自分のドーリーに戻った。
 
 
 
 
 
 
明かりを消した狭い寝室、ベッドサイドの冷たい窓のカーテンを開けて、小さく区切られた星空を仰ぐ。
ブルーノはベッドに入ってからも眠るつもりなどなく、さっき言われた言葉について考えていた。
そう、あんな経験は初めてだった。宇宙に行った事はあっても、遠くから自分の住む星を眺めた事はあっても、今日のように宇宙とカラミティの間に立って、その感触を知るのは。
きっとこれは師匠の『教え』だ。戦いの技術とは関係ない、しかし自分というフィルモア騎士には意味のある示唆なのだ。その真意はまだ到底掴めそうにないけれど。
いつも俺はコクピットを降りた途端こうだ、どうしてあの後、すぐに言葉を返せなかったのだろう。そうです、はじめて見ました、流れ星だけじゃない、あんな人里離れた雪山の上に行ったのも、人工の明かりが一切ない深夜を経験したのも、ほら今になってやっと次々と湧き出てくる、聞いてほしい言葉たち。
話せていたら、その人は聞いてくれただろうか?いや、聞いてくれたに違いない。いくつかの謎にはきっと答えもくれたはずだ、あの微笑みを浮かべて。たった一晩でこんなにたくさん知った、いつも見ていた空との違い、大気の存在をはじめて意識した事、人間なんてわりとちっぽけな存在で、
 
でもあなたはわたしにとってなんて大きい存在なんだろう。
 
 
……さすがにそこまでは言えないかな、気恥ずかしくて、と回転しすぎて熱くなってしまった頭を冷やそうと、ブルーノは起き上がって窓ガラスに片頬を押し付けた。
浮ついた熱が冷えてゆくのに合わせて今日の出来事を静かに巻き戻していくと、閃光にかき消される前の星空がさっと幕を引くように蘇り、その人とぴたりと寄り添い並んで無言のまま立っていた時間で止まって動かなくなってしまった。巻き戻そうとする力はまだ働いているのに、場面はどうしてもそこから動かないままなので、その力は別の方向に逃げてゆく、ブルーノにとってあまり好ましくない方向へ、わからない事をすべて放り込んでいるクローゼットの中へ。
 
 
 
あまりそこを開けないでほしい、意味のないがらくたばかりで、しかし捨てる場所がないからそこに置いておくしかないのだ。
その小さなスノードームのような閉じた塊もそうだ、あの時、なぜそんな無意味で馬鹿げた情景を思い浮かべてしまったのだろう、願望として抱いてしまったのだろう。人の生きられない低温の世界でこのまま2人とも緩やかに運動を止め、静謐な星空の下ひとつ影の像となり、永遠に佇んでいられたらと。
 
 
 
 
 
 
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