fkmt銀金の小説
森銀短編、少しだけエロ


 
 
 
 
 
 
桃は手で皮が剥けねえとイヤなんだよ、と言って、その人は半端に皮の剥がれた果実を森田に押し付けた。
森田は仕方なくキッチンに立ち、果物ナイフを取り出して固く実に張り付いた皮を削ぎ、切り分けてガラスの器に盛った。デザートフォークを添えて、どうぞ、とリビングのソファに身を沈めている人に差し出しても、いいよ、おまえ食べな、と完全に興味を失ってしまっている。森田がひとかけら口に放り込んで、ちゃんと熟してるしめちゃめちゃうまいすよ、と言っても新聞の陰から生返事するだけなので、森田は一玉千円は下らないであろうクリーム色の実をすべて平らげた。
 
二人の住む部屋には季節になると来客の手土産や中元でちょくちょく桃が来た。その人は毎回手で皮を剥いてみて、綺麗に剥けると機嫌よくそのまま丸齧りにした。森田はその人の指の間から薄い薄い金色をした果汁が流れ落ちてシャツの袖を甘く濡らすのがひどく煽情的に感じてたまらなかった。柔らかそうな果肉を静かに食むその人の前に身を屈めて、腕を伝う甘露に舌を這わせた事もあった。
欲しけりゃ自分で剥いて食えよ、と平然と言われて、欲しいのは桃じゃなくてあんただ、と真面目な声で返しても、オレは桃がもう一個欲しい、と素気無い。やっぱりおまえが欲しい、と言わせたくて二つめの皮をするすると剥く人を後ろから抱き締め、桃と彼の間は邪魔しないように気を使いながら愛撫した。家の、寝室以外の場所で求められるのが好きな人だった。森田の情熱をより感じるからだろうか、おまえ、こんなとこで盛ってんなよ、と言いながらも脚を絡めてくるのが、いつも森田の頭の芯を焼いた。その時も結局果汁の滴る手が森田の亀頭に絡みついてきて、キッチンカウンターの横で交わったのだった。彼の食べ終えた桃の種をそこに押し込んだら流石に怒られたけれど、森田はそれじゃあなにが欲しいの、と返す事ができたのでそれで良かった。
その時の口づけが桃の味しかしなかったせいか、果肉がまとわりついた種がその人の体に呑み込まれてゆく様子が官能的だったせいか、その晩森田は彼の胸の真ん中から細い桃の木が生えて花を咲かせる夢を見た。
 
剥ける桃ならそんな思い出にもなったが、剥けない桃はやはり毎回森田に押し付けられた。三度も続くと、これは気まぐれではない彼の強いこだわりなのだ、と森田も理解し、桃に関しちゃ銀さんはお姫様みたいっすね、とからかった。うるせえな、面倒くさいだけだと適当にあしらわれたが、森田はこの桃の一件で彼の育ちの良さを初めて垣間見たと思った。お姫様は冗談だとしても、実際裕福な環境で育ったのだろう。
 
四度目になると森田も慣れて受け取りながら頂きます、と口から出た。その人の指に誘われても頑なに貼り付き残った薔薇色の皮を見て、油絵具の筆跡のようだ、といつかのセザンヌを思い出したりした。重く果汁を湛えた実にナイフの刃を沈ませながら、自分が来る前、これを受け取っていたのは誰だったのだろうと考えた。
 
五度目、オレが来る前は誰がこれ食ってたんすか、と半裸の桃を受け取りながら森田は聞いた。そんな奴いねえよ、という答えが意外で、どういう事ですかと聞き返した。
その人が言うには、そもそも森田が来るまでは、ナマモノをもらったらほとんど人に横流ししていたらしい。菓子や果物なんかは女が喜ぶからそっちに、肉は巽や安田に。酒肴の類いは日保ちがするのもあって家に置いといたが、というところまで聞いて、森田はナイフを操る手を止めて、銀さん、もしかしてオレ来る前は家でメシ食ってなかったんすか?と言った。
ああ、滅多になかった、夜は会食や接待で済んじまうだろ、朝昼もほとんど外食、カン詰め仕事だったらホテルでやったし、たまに家で食う時は出前、と言われて森田は泣きそうになった。今だって忙しく駆け回る二人は外食ばかりだが、それでも朝や晩に二人で過ごす時間があれば、この家で料理をして二人向き合って食べているのだ。そのための調味料や食材、調理器具、食器があるのが、森田には当たり前で何とも思った事はなかったけれど、この人にとっては違う。自分と過ごす生活を大切に思って、それまでの生活スタイルを変えてくれていたのだ。隙間だらけだった冷蔵庫と食器棚をいっぱいにして、コーヒーメーカーも新しく置いて。彼のような男にとって、それがどれ程の事か。森田にはその愛が痛いほど刺さった。
 
 
 
ああ、それ程の事だったのに。
森田は病室に見舞いの誰かが置いていった桃を見てそれを思い出した。オレはもう二度と桃が食えなくなった、そう悟った。
自分は今後誰の手からも、果実を受け取る事はできない。できるわけがないのだ。
 
 
 
 
 
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